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2010年5月18日 (火)

熊野神社神楽奉納➄~國由津理~

日本が、まだ葦原中国(アシハラナカツクニ)と呼ばれていた時代、大国主男命は、豊かで住み易い国にしようと国造りを進めていましたが中々、神々がまとまらず、争いも絶えませんでしたので天照大神は心を痛め大国主のもとへ遣いを出す事に成ったところから物語りは始まります。そこで送られたのは高天原で一番の大男の神様、建御雷之男神(タケヅチノオノカミ)です。読んで字の如く建は勇壮、ミカヅチは雷の事で、御利益は外交・勝運・交通安全・戦時中は軍人の守り神として茨城の鹿島神宮、千葉の香取神宮、奈良の石上神宮等に祀られています。各地にある鹿島神社は鹿島神宮の分霊との事です。舞台では、大国主やその子供達は、あっさりと国を天照大神に譲る事を承諾したのですが、そこへ大男の建御名方神(タケミナカタノカミ)が現れ、この国が欲しければ力比べをしよう!と言う事になり剣と矛を交える事と成りました一説に依ると勝負は建御雷之男神(タケヅチノオノカミ)の圧勝の様に記されていますが、ここ熊野大神社では、中々の好勝負で建御雷之男神(タケヅチノオノカミ)が勝ち国を譲り受けました。で負けた建御名方神(タケミナカタノカミ)は、何処に行ってしまったかと言うと逃げに逃げて、信濃国の諏訪湖まで行き、追って来た建御雷之男神に謝り「諏訪湖に住み此処から一歩たりとも外へ出ません」と約束して諏訪湖の中に姿を消したそうです。そこが諏訪大社、全国に拡がる諏訪神社の神様です。そして年老いた大国主は建御雷之男神に国譲りの条件に、高天原にも届く様な大きな柱を建て、神殿を作って欲しいと懇願しして出来たのが今の出雲大社だそうです。近頃話題に成った現代の大社の倍以上の高さの柱や神殿に繋がる神話だったのですね!?

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