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2010年5月

2010年5月19日 (水)

熊野大神社神楽奉納⑦大海原蛭子~五行舞

蛭子さま(ヒルノコノミコト)は日本を作ったイザナギノミコトとイザナミノミコト最初の子供であったが、3歳になっても骨が柔らかく立つ事も話す事も出来なかったので、大海原に流されてしまったそうですが、流れ着いた土地々の神様達の助けで無事に成長出来、恵比寿神となり、海上・漁業・商業の守護神に成ったそうです。大海原蛭子では、そんな恵比寿さんが馴染み?の神様達と大いに踊り呑み、会場の皆さんにも沢山の福を撒き、幸せなひとときを一緒に過ごす。そんな神楽です。五行とは天と地の間に動いている五つの根本(木・火・土・金・水)でありそれを尊び祀り舞う中で、万物の躍動とそれを取り巻く様々な物に対する畏怖を祓い世の中の平和を願う神楽です。一通り神楽の奉納が終わると、御魂は神楽殿から神殿に納められ熊野大神社の神楽奉納の長い一日が終わりました。この神楽を通して、太古の時代より伝わって来ている神話が、身近に感じられ各地で同じ様に語り継がれている事に日本の素晴らしさを歴史の深さを感じました。この神楽で、色々な神様が出て来て、混乱しそうですがここで日本の神様の復習?が出来ます。

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熊野神社神楽奉納⑥~大蛇退治~

乱暴者で高天原を追放された、須佐之男命は出雲の国の肥の河の川上にある、鳥髪と言う所に降り立ち、川に箸が流れて来るのを見付け「これは上流に人が住んでいるのだろう!?」と川に沿って上って行くと一軒の家を見付け中を覗いて見ると翁と婆が美しい少女を挟んで泣いていました。不思議に思った須佐之男命は、どうしたのかと訊ねると翁は、「私は、国つ神の大山津見神の子足名椎(アシナヅチ)と申し妻の名は手名椎(テナヅチ)、娘は櫛名田比売(クシナダヒメ)と申します。実は私達には8人の娘がいましたが、高志(コシ)の八俣の大蛇に毎年喰われ今年はとうとう末娘のこの子の番に成ってしまった・・・。」と酷く落胆していました。で八俣の大蛇とは問うと「目は熟れたホウズキの様に赤く光り、1つの身体に八つの頭を持っていて胴体は苔と杉に覆われ、その長さは八つの谷八つの丘にまたがり腹がいつも血でただれている途方もない怪物だ!」と翁は応えた「なるほど・・・・。」須佐之男命は、暫らく考え「大蛇を退治したら、娘を私に頂けますか?」と翁に言うと「それは有り難いが、貴方は誰ですか?」「失敬、失敬(^^ゞ私は、天照大神の弟の須佐之男命。たった今天より降ってまいりましたぁ~!」「それはそれは御無礼いたしました。是非、娘を奉りたいと思います。」とこんな会話が在ったのでしょう!?そして須佐之男命は、大蛇の大好物の酒をしこたま呑ませて酔っ払ったところを一突きに・・・(^^)vと作戦を立てました。熊野大神社の大蛇は目は赤く血走り身体は苔や杉に覆われ腹は血でただれた様に赤いのですが、頭は1つでした・・・・がその迫力は、八俣の大蛇以上です。大蛇が、娘を喰らおうとしたその前に酒が並々と注がれた樽を見つけ一気に呑み干します。そこへ、須佐之男命が颯爽と登場しますが、いくら酔っているとは言えこれだけの大蛇、一進一退の攻防が続き、遂に十拳の剣(後の草薙の剣)で一突き見事に倒しその尾から素晴らしい剣が一振り出て来ました。須佐之男命はこの剣を天照大神に献上しました。この剣こそが今も語り継がれている幻の名剣天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)です。

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2010年5月18日 (火)

熊野神社神楽奉納➄~國由津理~

日本が、まだ葦原中国(アシハラナカツクニ)と呼ばれていた時代、大国主男命は、豊かで住み易い国にしようと国造りを進めていましたが中々、神々がまとまらず、争いも絶えませんでしたので天照大神は心を痛め大国主のもとへ遣いを出す事に成ったところから物語りは始まります。そこで送られたのは高天原で一番の大男の神様、建御雷之男神(タケヅチノオノカミ)です。読んで字の如く建は勇壮、ミカヅチは雷の事で、御利益は外交・勝運・交通安全・戦時中は軍人の守り神として茨城の鹿島神宮、千葉の香取神宮、奈良の石上神宮等に祀られています。各地にある鹿島神社は鹿島神宮の分霊との事です。舞台では、大国主やその子供達は、あっさりと国を天照大神に譲る事を承諾したのですが、そこへ大男の建御名方神(タケミナカタノカミ)が現れ、この国が欲しければ力比べをしよう!と言う事になり剣と矛を交える事と成りました一説に依ると勝負は建御雷之男神(タケヅチノオノカミ)の圧勝の様に記されていますが、ここ熊野大神社では、中々の好勝負で建御雷之男神(タケヅチノオノカミ)が勝ち国を譲り受けました。で負けた建御名方神(タケミナカタノカミ)は、何処に行ってしまったかと言うと逃げに逃げて、信濃国の諏訪湖まで行き、追って来た建御雷之男神に謝り「諏訪湖に住み此処から一歩たりとも外へ出ません」と約束して諏訪湖の中に姿を消したそうです。そこが諏訪大社、全国に拡がる諏訪神社の神様です。そして年老いた大国主は建御雷之男神に国譲りの条件に、高天原にも届く様な大きな柱を建て、神殿を作って欲しいと懇願しして出来たのが今の出雲大社だそうです。近頃話題に成った現代の大社の倍以上の高さの柱や神殿に繋がる神話だったのですね!?

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熊野神社神楽奉納➃~宇賀の御玉~

天照大神より、作物を増やし日本の国を豊かにする様に命ぜられた宇賀神御魂神は、色々と研究したが思った様な結果が得られず往生している宇賀神御魂神の前を光る玉を持ったキツネが現れその玉を弄んでいたが、よく見るとそれは何やら植物の種の様で、それを取り上げようとするがキツネは応じず遂に八坂大神(須左男命)が現れ矢を射掛けて玉を奪おうとするのを宇賀神が何とか止めてキツネを説得します。やっとキツネが説得に応じ玉を手に入れてみると正しく食物の種、これを蒔くと秋には、見事に実り、それはとても美味しく五穀の1つとしたそうです。宇賀神御魂神とは稲荷大神の事で、お稲荷さんに祀られている神ですが、キツネが祀られているのではなく、キツネは玉を宇賀神に渡した功績?からお稲荷さんの従者としての処遇を与えられお稲荷さんと言えばキツネと現代まで伝えられ農耕だけでなく商工業の神としても信仰され京都の伏見稲荷大社・茨城の笠間稲荷神社・佐賀の祐徳稲荷神社等の全国の稲荷神社に祀られています。

そして最後に宝珠を八坂大神に献上し八坂大神が弓の舞を奉納して宇賀の御玉は終了しました。

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熊野神社神楽奉納➂~天安河原・天磐戸開~

世を照らす天照大神が岩屋に隠れて世界が暗闇に包まれ善神は影を潜め悪神がはびこり災いや不幸が続き世の人々は途方にくれていました。なんとかしなければと神々が天の安河に集まり相談しまず最初に世の中の長鳴き鳥を沢山集めて鳴かせました。長鳴き鳥とはニワトリの事で夜明けのニワトリの声を聞けば天照大神も岩戸を開けるのでは!?と思ったらしいのですが、敢え無く失敗(^^ゞこの時に神様が揃って「コケコッココー」とニワトリの真似をするのは滑稽でした。その他、勾玉を沢山集めて揺らして音を出してみたり祝詞を面白おかしく述べてみたが何れも失敗!?天鈿女命 (アメノウズメノミコト)が、足を踏み鳴らし面白可笑しく踊ると集った八百万の神たちも堪らず笑い転げ岩戸の前は大騒ぎです・・・・と何の騒ぎかと天照大神が外を覗こうと岩戸を少し開けると控えていた力自慢の天手力男命(アマテヂカラノミコト)が、間髪を入れずに隙間に手を掛けこじ開けました。岩戸が開けられると布刀玉命(フトタマノミコト)が天照大神を連れ出し2度と岩戸に入れない様に注連縄を張り封印しました。これにより高天原にも葦原の中つ国にも光が戻り、悪神は消え世の中に平和が戻りました。

で最大の?功労者とも言うべき天手力男命は、まだ有り余る力を鼓舞するかの様に豪快な舞を奉納したのでした。

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熊野神社神楽奉納➁~天磐戸入~

皆さんもご存知の天照大神が弟の須佐之男命の乱暴狼藉を恐れて岩屋の中に隠れてしまう「天磐戸入」の神話の神楽です。

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2010年5月17日 (月)

熊野神社神楽奉納➀~天孫降臨・稚児の舞~

天孫降臨とはアマテラスオオミカミの命令で、孫のニニギノミコトが、「葦原の中つ国」を治めるために高天原から地上に降り立った事、故事に習い神事が終わると一度神殿に戻り 、再び神楽殿へこれから奉納神楽の1日が始まります。初めの演目は稚児の舞です。この頃になると境内でもお神酒が振舞われ参拝の皆さんの表情も和らいで来てお祭りの雰囲気は高まって来ました。これから暫く神話の世界をお楽しみ下さい。

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松葉杖供養

5/15日夜、日本の奇祭にも数えられている松葉杖供養が行われました。1200年の歴史を誇る下部温泉郷は古くは武田軍が戦で受けた傷を治したとも言われ松葉杖をついて湯治に訪れる療養客も多く全快すると感謝をこめて、熊野神社に松葉杖を奉納する慣わしが在り、その松葉杖をお焚き上げして供養するのが松葉杖供養です。

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2010年5月16日 (日)

しもべおんせんまつり

爽やかな晴天に恵まれた5/15~16日、しもべおんせんまつりが開催され普段は静かな湯治場に祭囃子、和太鼓、ヨサコイソーランの賑やかなリズムが流れ訪れた人たちは、祭りを大いに楽しみました。

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2010年5月14日 (金)

初夏の花

梅雨入りまでの僅かな時間、朝起きてお日さまが見えていると何かワクワクしますsun

何気なく歩く家の周り道も色付き始めた春から段々と鮮やかさも増して来て楽しい散歩道に成りましたrun

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2010年5月12日 (水)

シャガ ~身延山々麓~

身延山々麓、奥之院に通じる東の参道のシャガの花が見頃を迎えております。

杉の林を抜けてくる爽やかな風を感じながらのんびりと霊山を散策するのも好いものです。

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2010年5月11日 (火)

牡丹

桜の季節も終わり、牡丹、薔薇、紫陽花・・・と色の付いた世界が広がっていきますね!?

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2010年5月10日 (月)

本栖湖畔トレッキング

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初夏の爽やかな風が緑を揺らし湖畔の遊歩道に柔らかなこぼれ陽が射す中のんびり歩き、自然とふれあい雄大な景色と向かい合うと日頃の諸々のしがらみも忘れ大きな声で叫びたく成ります\(^o^)/

本栖湖芝桜まつり

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